「安っぽい」と批判された万博トイレ、その裏に隠された革新的発想
SNSを席巻した一枚の写真。「キャンプ場の仮設トイレにしか見えない」と揶揄された大阪・関西万博の「2億円トイレ」。その見た目と高額な建設費用のギャップから「中抜き疑惑」まで浮上する騒動へと発展しました。
4月13日に開幕を控えた大阪・関西万博。その準備が佳境を迎える中、設計者である一級建築士・米澤隆氏がついに沈黙を破り、SNS上で詳細な説明を行いました。その真相は、多くの人が想像していたものとは大きく異なるものでした。
「部分的に切り取られた建築写真が流出し、安っぽい、工事金額を中抜きしているのではないかといった疑義がおこり、世間をお騒がせしてしまっています」と切り出した米澤氏の説明は、この「2億円トイレ」を巡る誤解を次々と解きほぐしていきます。
46基の大規模施設、SNSでは「一部のみ」が拡散
まず大きな誤解は、SNSで拡散された写真が施設全体ではなく一部分だけだったこと。実際には46基ものトイレを備えた大規模施設なのです。
「一般的にトイレに2億円は高過ぎるのではないかという感覚があり、万博2億円トイレやデザイナーズトイレと称された言葉が想起させるリッチでラグジュアリーなトイレのイメージと実際にできた建築にギャップがあったことが要因」と米澤氏は分析します。
「高すぎる」どころか「予算不足」だった驚きの真実
驚くべきことに、このトイレ施設の平米単価は77万円と64万円。これは建設物価調査会による公共トイレ施設の平均単価98万円を大幅に下回っています。吉村洋文・大阪府知事も「大規模トイレであり、公共の一般的なトイレの予算の基準を大きく下回っている」と説明していた事実が明らかに。
世間を騒がせた「2億円」という数字も、実は入札の不調を受けて見直された結果、解体費込みで約1.5億円(税抜)まで引き下げられていたのです。
「2回目の入札が不落不調となったという知らせが届く直前に、万博2億円トイレという言葉とともに高額な費用に対する批判が沸き起こり、それを受け、3回目の入札に向けて可能な限り仕様を下げるなどの減額検討を行いました」と米澤氏は明かします。
「使い捨て」から「循環型」へ—デザインに込められた未来志向
最も注目すべきは、簡素に見えるデザインの背景にある革新的な発想です。
「半年だけの会期のために多額の費用をかけるのは経済的にも環境的にも負荷が大き過ぎるのではないか」という問題意識から生まれたのが、この「積み木式」トイレの構想でした。
米澤氏は「簡素な素材ではあるが閉会後を見据え移設転用の機構を備え、異なる場所でも形を変え長く使われ続ける仕組みを考案することがよいのではないか」と考えたのです。
具体的には「トイレ建築を様々な形や色のブロックで構成することにより、閉会後はブロック単位にばらすことができ、公園や広場などに運搬移設しその場に求められるトイレの数や形状に合わせて組み替えることができる計画」としたと説明。
「積み木がそうであるように、様々な形や色のブロックを組み合わせることにより、豊かな場を創り出すことを意図しました」という言葉からは、使い捨てではなく再利用を前提とした環境配慮型の発想が読み取れます。
「中抜き疑惑」はなぜ生まれたのか
工事金額の「中抜き」疑惑についても明確な反論が示されました。米澤氏によれば、「公共的な建築であるという性格上、公共が定める厳正なプロセスにのっとって工事金額や施工者が選定されている」とのこと。
「工事金額に関しては、刊行物単価を基に社会状況も加味し積算された工事予定金額が上限として定められています。ですので予定金額を超えて実態に合わない高額な金額では工事ができない仕組みになっています」と説明しています。
さらに興味深いのは、入札が2度も不調に終わったという事実。「本建築は、2度の入札で不落不調をきたし、3度目の入札でようやく落札されたという経緯があります」と米澤氏。
「これが中抜きできるといったような経済的にうまみのある業務であるのならば、2度も不落不調をきたさないでしょうし、そもそもがそのようなことができない仕組みになっています」という説明は説得力を持ちます。
万博が問いかける「持続可能性」の本質
この「2億円トイレ」騒動は、万博というイベントの本質的な問題を浮き彫りにしたとも言えます。壮大な展示や建築物を作り上げ、半年間で解体してしまう博覧会の在り方自体を問い直す契機となったのではないでしょうか。
米澤氏のデザインアプローチは、「一度きりの派手な演出」ではなく「将来にわたって活用できる資源としての建築」という視点を提示しています。
「もしよろしければ実際に万博会場に足をお運びいただいて実物をご高覧いただけましたら幸いです」という米澤氏の呼びかけは、SNSの切り取られた情報ではなく、実際に体験することの大切さを思い起こさせます。
まとめ:SNS時代の「誤解」とデザインの「意図」
今回の「2億円トイレ」騒動は、SNS時代における情報の切り取りと拡散の危険性を示すと同時に、表面的な「見た目」だけでなく、その背景にある「設計思想」を理解することの重要性を教えてくれます。
「安っぽい」と批判された簡素なデザインの裏には、万博閉幕後の持続可能な利用を見据えた未来志向の発想があった—。この事例は、持続可能性を掲げる大阪・関西万博の理念そのものを体現していると言えるのかもしれません。
4月13日の開幕を前に、改めてこの「2億円トイレ」、いや「1.5億円の積み木式再利用トイレ」を自分の目で確かめ、その真価を判断する価値はありそうです。
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